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わんことの暮らし|急変から虹の橋を渡るまでの記録④

虹の橋
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前庭疾患から肺炎、肺癌、脳への転移で14歳2か月で虹の橋を渡った姫の記録。あまりにも急で心が追いついて行かず姫の死を受け入れることが出来ませんでした。でも、やっと姫に「ありがとう」って伝えられるようになりました。最後まで生きようと頑張っていた姫の急変から虹の橋を渡るまでの記録を残します。

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在宅ケア

再び麻痺が現れ

姫が肺癌と診断されてからは、それまで以上に神経をとがらせました。

心配で心配で食事も喉を通らず水すら口にすることも忘れていました。

片時も姫の傍を離れず、姫のことだけを考えることに徹しました。

夜のご飯は上手に食べられず

口からポロッと出てしまったり歯と歯茎の間に残っていて

後になってポロリと落ちてくることも。

薬も上手に飲めず、その日は試行錯誤しながらなんとか飲ませましたが

夜遅くになって再び姫が歩けなくなってしまいました。

ヘルニアの症状かと思いましたが、前回と何か様子が違います。

ドキドキしながら姫を酸素ハウスに寝かせて、私たちもベッドに入りましたが

夜中も体を起こそうとしても起き上がれずグルグル回ってしまいます。

朝4時に、パパが酸素ハウスから姫を出して酸素マスクに切り替え

ベッドに寝かせたらパパのお腹に背中を当ててグッスリ眠っていました。

大好きなパパとくっついていたいと思ったのかも。

この時、すでに姫は何かを察していたのかもしれません。

食事も水も摂れず

抱っこして朝ごはんを食べさせようとしましたが、姫にはもう口を開ける力が無かったようです。

私はそれに気づかず、シリンジで食べさせようとしていましたが飲み込む気配もありません。

でも、無理はさせたくなかったので時間を置き、その後病院に電話したら、食べさせ方を教えるから来てくださいと言われます。

呼吸も早かったので急いで病院に向かいましたが、なぜだかその日は道路が混んでいて

10分程度でつくはずの病院まで30分ほど掛かってしまいました。

到着してすぐ、診察室に入り酸素を借ります。

院長が来てすぐ、持って行った流動食を食べさせようと口をあけました。

でも・・・

「これじゃぁ・・・」って一言こぼれます。

犬歯の隙間には舌が広がっていて、シリンジどころかピンセットも入らなかったのです。

院長はこの時分かったのでしょうね。

これだと点滴しかないな・・・と苦しそうに言いました。

点滴で水分や薬を補給する意味は、きっとも無かったのだと思います。

ただ、あまりにも必死だった私を見て「無理」とは言えなかったんだろうと……。

薬の入った補液を点滴しながら、「この呼吸だと2日はもたない」と絞り出すように言いました。

その瞬間、私は声を出して泣きました。

点滴を終え急いで車に乗り自宅に向かいましたが、なぜか帰りの道も混んでいて

夫が裏道を使いながら一生懸命走ってくれました。

その間、姫に異変が起きます。

手足が痙攣し呼吸が荒くなったのです。

私は「もうすぐおうちだよ!姫!もうすぐおうちだからね!もう少し待っててね!もうすぐだよ!おうちに帰ろうね!」と姫の体をさすりながらずっと声を掛けていました。

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たからもの

家に到着してすぐに夫が姫を抱っこすると

吠えなかった姫がどこかに向かって「わん!わん!」と吠え始めます。

次男も心配してリビングにやって来ます。

私は娘に連絡して、娘は長男に連絡して迎えに行き、三男にもバイトが終わったら真っすぐ変えるようラインを入れました。

四男は沖縄に修学旅行中だったため連絡しませんでした。

一生に一度の修学旅行を涙色にしたくなかったのでーーーーー。

娘と長男が駆け付けたのが8時頃、それからみんなで姫を囲んで撫でたり名前を呼び続けました。

抱っこされたまま排尿し、再び「わん!わん!」と吠えます。

その間も酸素マスクをつけて姫の苦しさを少しでも和らげようとみんな必死でした。

9時半ころに三男が帰宅。

姫の急変に驚きながら、ひとときもそばを離れません。

そして、家族が揃うのを待っていたかのように姫は大きく息を吸い込むと

そのまま息を引き取りました。

私は体を震わせながら泣き叫びました。